モラハラ対策覚え書き

自分と他者との境界線を意識して生活する

共依存(きょういそん、きょういぞん、英語: Co-dependency)とは、

自分と特定の相手がその関係性に過剰に依存しており、

その人間関係に囚われている関係への嗜癖状態(アディクション)を指す[1][2]

すなわち「人を世話・介護することへの依存」「愛情という名の支配」である[3]

共依存者は、相手から依存されることに無意識のうちに自己の存在価値を見出し、

そして相手をコントロールし自分の望む行動を取らせることで、

自身の心の平安を保とうとする[4][2]

共依存 ウィキペディアより

 

私は自分に己の内面と向き合うより他人の事が気になる性質があるのは
気付いていましたが、それを悪い事とは思っていませんでした。
しかし実際には普通の感覚を持った人からは煙たがられそっと避けられていました。
(私がその事について気付いたのはずっと後になってからですが…。)
そんな事より自分のそばにいる人間の問題を自分が力を貸して解決すれば
みんなが幸せになると考えて世話を焼いていた行為自体が
共依存という状態だったと知った時は
少なからずショックでしたし反省もしました。

私は自分と他人の境界線を意識する事のとっかかりとして
まず人の世話を焼く事と困り事を解決したいという気持ちを
抑えるようにしました。

見ていて他人の気になる言動は本人に直接注意するのはやめて
黙って心に刻み(「自分だったらああはしない。自分だったらこうしよう。」)
他山の石として自分の修養の糧にする事にしました。
求められてもいないのに、自分の感想や意見を口にする事もやめました。
案外会話というのは「そうなんですか。それで?」と相槌を打つ事と
「○○だったんですね。」と相手の言葉のオウム返しで結構成り立ちました。
何か言いたくなった時には「自分に中身がないのに自己主張だけはしたいと
いう気持ちがあるのではないか?」と一度考える事にしてみました。

困りごとや不便な事があったら解決したい、改善したいという気持ちは
今もありますが、あくまでも自分が気になってやりたい事だけを
するようにしました。
他人が自分がするのが面倒だからと投げてきた事などは
「すいません。これはちょっと分からないです。」「今は無理です。」などと
言って便利屋として使われないように断ってます。

 親切にしたい時(しても差し支えないと思える場合)には
意識して「上から目線で」行うように心がけています。
(「いつでもどこでもこの取るに足りない存在の私が
あなた様のお役に立ちます。ぜひやらせてください。」という姿勢とは真逆という意味です。)
--- 追記 2017.4.7  ---
「上から目線での親切」についてもう少し詳しく言うと
童話で斧を泉に落とした木こりに女神が泉から現れて
「お前が落とした斧はこの金の斧か?それともこの銀の斧か?」と
聞く話がありますが、ああいう感じに近いと思います。

困っている人がいて自分に助けられる能力があったとしても
普通に親切をするとしたら「泉にこの鉄の斧が落ちてましたよ、
あなたのですか?」と聞いて渡せばすむ事だと思うんです。
そもそもは木こり自身の落ち度なんだから
自分で泉の底まで潜って斧を取ってくればいいし
それが出来ないなら諦めなさいって話です。
童話だから正直に鉄の斧を落としたと言った木こりが
金銀の斧まで手に入れるという訓話となってますが、
女神の「親切にするのは私の気分次第、私の基準に合わなかったら
親切にはしませんよ、一応チャンスは与えるけど。」という気持ちが
私は上から目線だと思います。主導権はあくまでも自分にあるという。
後から欲張りで嘘つきの別の木こりが真似をしてわざと斧を落とした時に
女神が助けなかったのも「そりゃあんたの自業自得だから助けないよ。
そんな欲張りな奴は気に入らんし。そもそも私は無料の金銀斧製造機じゃないわ。」
という自負があるからだと思います。

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